ユリ・ゲラーの壊れた時計
ユリ・ゲラーは、われわれの認知の隙を突いた「実験」も行った。最初に来日したとき、彼は番組の最後でこう言った。「この番組は録画で、放映時間にはアメ リカに帰っていますが、放映終了後の三十分間、念波を送ります。みなさんのお家に壊れた腕時計があれば、それを取り出して、『回れ、回れ』と念じながら、 文字盤を時計回りに指で撫でて下さい。私の念波と一致すれば、時計は回ります。ただし、ディジタル時計は私の念波には応答しないので、アナログ時計で行っ て下さい」というのである。
これを実際にやってみたなら、おそらく80%以上の人は、壊れた腕時計が回り始めるのを見て驚いたはずだ。非常な神秘を感じた人もあるだろう。
だが、これは心理的トリックに過ぎない。「壊れた時計はテコでも動かない」というのが、思い込みなのである。私はたまたま、こういう現象が「念波」などな くても、普通に起こることを知っていた。だから私の家族も面白がって、家中から古い腕時計を持ち出してきて、やってみた。確か八個もあって、そのうち七個 が動いた。動かなかった一つは、針が落ちて、文字盤の上に錆び付いていた。これではいくらユリ・ゲラーの念力が強力でも、動く気遣いはない。なお、我が家 で動いた時計のほとんどは、ユリ・ゲラーが「念波」を送るのを止めた後に動いたのである。
あなたは「壊れていて長年動いたことがなく、ねじも巻いてないのに、なぜ動く?」と言うだろう。だがよく考えてみていただきたい。アナログの腕時計が「壊 れる」というのは、ちょっと動いては止まる、ということを繰り返すようになったことである。結果として、ほぼ常時デタラメな時間を指すようになる。
私は高校時代、そういう壊れた腕時計をそのまま使用していたことがある。時々ちゃんとした時刻を確かめて、腕時計の指す時間との時間差を把握しておき、時 間を知りたいときは、とっさに計算していたのだ。ところがあるとき時間を聞かれて答えたところ、ある後輩の女の子が文字盤をのぞき込んで、答えた時刻は正 しいのに、時計は全く違う時刻を指しているので、驚いてしまったことがあった。詳しいことは忘れたが、確か聞かれた時刻は夕方の4時5分くらいで、文字盤 は8時50分といったところであった。なぜそんなことをしていたかと言うと、要するに、合わせたところで知らない間に止まっている。揺するなどしてやる と、またしばらくは動く。しかし15分ほど動いてまた止まる。針を合わせたところで、全く意味がなかったからだ。
ユリ・ゲラーの「念波」で時計が動いたからといって、驚くには当たらない。時計が直ったわけではなく、しばらくするとまた止まってしまったはずだ。それ は、壊れた時計そのものなのである。時計の機能は、長時間動き続けることにある。短時間動いただけなら、全然直ったことにはならない。
では「ねじも巻いてないのに」という点はどうか?それはあなたが、壊れた時計に見切りを付ける直前の行動を思い起こすと分かる。あなたはぎりぎりまでネジ を巻き、それでも動かないので放置した。その後、時計はほとんど動いていないので、ネジもゆるまなかったのだ。腕時計は、微細なゼンマイの力で動くように できている。わずかな衝撃で動き、微細なゴミなどで止まる。長期間放置し、ネジの巻き戻ろうとするポテンシャルが目一杯にかかっているとき、手に持ってい じり回せば、どういうことが起こるか?あなたにも想像が付くはずだ。
要するに、物理法則には全然反していないのだ。あなたの頭の中にある思い込み(「壊れた時計はテコでも動かない」)の方が、むしろ事実に反しているのである。ユリ・ゲラーは、こうした思考の隙を突いたという点では、なかなか上手な手品師だった。